|
★ 2009年からスタートしたWORKS 松田加代子プロデュースによる「マンスリーライブ」。
営業後の美容室[HIROO WORKS]を会場に、毎月開催しています。 登場するのは、NewYork DryCut講師や講習生。ひとりずつスポットを当て、 仕事(実際のカットを1時間)、仕事観を語るトーク(1時間)の構成です。 参加自由です、ぜひスタッフの皆さんやお知り合いもお誘いください。 2012年6月21日(木)PM9:00 〜 PM11:00 vol.33「水島ゆかりの仕事」 この1年、新規客が増え、売上をさらに上げ続け、毎日忙しい。 震災から1ヶ月も経たない2011年4月1日、営業を再開した。 周りの店舗はどこも開いておらず、食料は配給制。自衛隊と警察車両だけが走る町で、 美容室に来る人がいるとは思えなかったが、1週間もすると、予約がいっぱいになった。 馴染みのお客様が遠い避難先から来てくれる、 NewYork DryCut ¥8,400〜というメニューを知らずに訪れた初めての方が試してみたいと言う。 一歩外へ出ると立ちはだかる暗い現実、お客様が背負ってくるやり場のない気持ちも 何とかしたい、それだけで体が動いた。 震災から2ヶ月後には、東京・広尾でのサロンワークも再開、 先月は1週間ニューヨークにも行ってきた。 今も被災地であり、見えない不安はいつも心のどこかにある。 その真っ只中で、30年の美容歴とこれからの美容師人生に、 希望を見いだしている。 会場_HIROO WORKS[無料] TEL.03-3440-0909 東京都渋谷区広尾5-3-15-2F ◇地下鉄日比谷線「広尾駅」1番・2番出口から徒歩2分ほど *ワンドリンク・サービスあり *ビデオ撮影はお断りしております。写真撮影可 *変更になる場合もございますので、参加ご希望の方は、事前のご連絡・ご確認をお願いいたします。 ◆ http://www.facebook.com/NewYorkDryCut フェイスブックでも発信しています
★ 2009年からスタートしたWORKS 松田加代子プロデュースによる「マンスリーライブ」。
営業後の美容室[HIROO WORKS]を会場に、毎月開催しています。 登場するのは、NewYork DryCut講師や講習生。ひとりずつスポットを当て、 仕事(実際のカットを1時間)、仕事観を語るトーク(1時間)の構成です。 参加自由です、ぜひスタッフの皆さんやお知り合いもお誘いください。 vol.32「本木 亜由美の仕事」 2012年5月10日(木)PM9:00 〜 PM11:00 20代の半ばには、スタイリストとして自分の先が見えず、 美容師を辞める決心をしたこともある。 それから3年も経たないうちに、埼玉・越谷の[CRADLE]オーナーになった。 前オーナーの林 雅樹さんが42歳の若さで亡くなり、 28歳の亜由美さんが、店・お客様・年上のスタイリストも含む3名のスタッフ、 何より林さんの遺志を受け継いだ。 その後次々と直面する、スタッフの問題、スタイリストの退社、お金のやり繰り、 守ることに精一杯になりながら、オーナーとは何かと突きつけられる気がした。 金銭的にも精神的にも一番大変な時、本当にやってみたいことを思い浮かべてみた。 NewYork DryCut は、メニュー化はしていたものの、自信がなく積極的になれずにいたが、 関わっている人達の姿、美容師としての自分の成長、そこには先が見える気がした。 資金繰りに困ったら夜のバイトをしてでもいい、 何もしなくても大変なのだから、やりたい事をやって大変な方がいい。 いよいよ今年、本格的に NewYork DryCut に絞る決意でいる。 生まれたばかりの子供がすくすくと育っていく“ゆりかご”の意味をもつ クレイドルという店名はそのまま、オーナーになって5年。 自分の仕事に、思いっきり挑戦できる時が来た。 会場_HIROO WORKS[無料] TEL.03-3440-0909 東京都渋谷区広尾5-3-15-2F ◇地下鉄日比谷線「広尾駅」1番・2番出口から徒歩2分ほど *ワンドリンク・サービスあり *ビデオ撮影はお断りしております。写真撮影可 *変更になる場合もございますので、参加ご希望の方は、事前のご連絡・ご確認をお願いいたします。 ◆ http://www.facebook.com/NewYorkDryCut フェイスブックでも発信しています
★ 2009年からスタートしたWORKS 松田加代子プロデュースによる「マンスリーライブ」。
営業後の美容室[HIROO WORKS]を会場に、毎月開催しています。 登場するのは、NewYork DryCut講師や講習生。ひとりずつスポットを当て、 仕事(実際のカットを1時間)、仕事観を語るトーク(1時間)の構成です。 参加自由です、ぜひスタッフの皆さんやお知り合いもお誘いください。 2012年4月12日(木)PM9:00 〜 PM11:00 「井口淳介の仕事」 このマンスリーライブの第1回目のステージに立ったのが、 [HIROO WORKS]で唯一の20代スタイリストだった井口淳介。 手探りでも前へ進んで行こうとするやる気と行動力に、トップバッターを託した。 NewYork DryCut の講師としては、今も一番の若手。全国各地へ出向き、 何倍も美容歴のあるサロンオーナー達にも、知る限りを伝えている。 美容学校卒業後、大阪で最初に入ったサロンで、 入店半年からNewYork DryCut に取り組み、1年後にはスタイリストデビュー。 その後、単身上京した初めての東京では、 若さあふれる気負いや戦略だけでは通用しない厳しさも経験した。 手が震えるほどの緊張を繰り返しながら、サロンでも講習でも、 期待に応えたい一心で踏ん張って、 ひとつひとつ大事なものを実感してきた。 まだ30歳。また一歩前へ。 毎日のサロンワークで、まっすぐに向きあってみる。 たくさんの選択肢の中から、美容師として、 今、自分は何を大事に仕事をしていくのか。 会場_HIROO WORKS[無料] TEL.03-3440-0909 東京都渋谷区広尾5-3-15-2F ◇地下鉄日比谷線「広尾駅」1番・2番出口から徒歩2分ほど *ワンドリンク・サービスあり *ビデオ撮影はお断りしております。写真撮影可 *変更になる場合もございますので、参加ご希望の方は、事前のご連絡・ご確認をお願いいたします。 ◆ http://www.facebook.com/NewYorkDryCut フェイスブックでも発信しています
vol.30「金井利江の仕事」
2012年3月22日(木)PM9:00 〜 PM11:00 美容師として、体を張って生きてきた。 パーマやカラーはもちろん、お客様に求められるメイクや着付けも、 美容に関することは、何でも徹底的に勉強してきた。 店からたくさんのヘアーデザインが育っていくのを願い 江戸川区のサロン『BuB(バブ)』の頭には『Hair Collection』とつけた。 ニューヨークでEIJIと出会った時、 いい仕事をする、そこだけで勝負している姿は衝撃だった。 変わらずもち続けてきた自分の信念とつながった。 美容師はデザインを追う仕事、だからカットが重要。 30年以上毎日忙しく支持されている今 1万円以上のカットプライスを前面に出し、真正面から立ち向かっている。 思ったようにできる時もあれば、思い通りにならないカットもある。 自分は下手だ、と落ち込み、もっと上手くなりたい、と必死になる。 お客様は、いつもたくさんのことを教えてくれている。 美容師は、上手くなるしかない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松尚之
vol.29「丸岡 哲也の仕事」
2012年2月9日(木)PM9:00 〜 PM11:00 アシスタント時代に育つすべての力が、カットに直結している。 アシスタントとして、どう毎日のサロンワークにむかうか。 どんなアシスタントでありたいか。 美容学校卒業直後から、[HIROO WORKS]でアシスタント生活4年目。 まだ学生だった当時、NewYork DryCut に抱いた思いは ひとりひとりのお客様とむき合える仕事。 いくつになっても追い続けられる仕事。 入店したての頃は、覚える事と出来ない事だらけの 果てしないようなアシスタント生活に、焦る時期もあった。 経験してきたひとつひとつから、 今の自分が、スタイリストになっていくイメージがつながってきた。 モデルカットの経験は、まだまだ少ない。 今一度、毎日のサロンワークでアシスタントの仕事を積み重ね、 モデルを選び、スタイルを決め、カットに挑む。 マンスリーライブ初、24歳現役アシスタントによる単独ステージです。 photo_上松 尚之
☆2012年もマンスリーライブは続きます、さまざまな美容師の仕事を予定しておりますので、お楽しみに!
「KAYの仕事」 2012年1月19日(木)PM9:00 〜 PM11:00 今、全力でやらなければ、次がない。 KAY(秋根 肇介)の美容師人生は、NewYork のEIJI サロン で始まった。 アシスタントから10年近く、まさにEIJIサロンと一緒にNYで育ってきた。 帰国後、NYではほとんど経験のなかったカラーやパーマも一から習い直し、 半年前、故郷の長崎・佐世保にサロンをオープンした。 EIJIサロンの住所をサロン名にした『601 Madison』。 地元同士のつながりが強く、美容室を変えづらいと言われる土地で、 顧客もなく、¥8,400のカットプライスでスタートした。 もっとカットがしたい、もっとお客様に来て欲しい、どうしたら来てもらえるのか…。 経営者となってあらゆる集客法を考え続け、今行き着いたのは、 今日来てくれたひとりひとりを、全力でキレイにするしかない。 本人が乾かしただけで、カッコいいヘアーデザイン。 想像を超えるキレイさを提供したい。 これまでNYで、日本各地で目にしてきた美容師達の仕事、彼らの言葉、サロンでの姿、 体中に蓄積されているすべての記憶を総動員しながら、 キレイにする、今そこに向かって挑んでいる真っ最中だ。 ![]() ![]() ![]() PHOTO_UEMATUS NOYUKI
2011年12月8日(木)PM9:00 〜 PM11:00
vol.27「山本あつ子の仕事」 学生時代のソフトボール部、小さな体で勝つためなら、 デッドボールでも塁に出ようとしていたという。 そんな泥臭い試合ぶりの一端を、サロンワークに見る時がある。 HIROO WORKSのオープンから5年。 37歳で上京して間もなく、東京では顧客ゼロの状態からスタートした。 名古屋や姫路でNewYork DryCutの経験は十数年あったが、 雑誌に載るようなスター美容師でもなく、 有名サロンがひしめく中、さらに高額の¥8,400のカットプライスで 目の肥えたお客様達と向き合うことになる。 今では、名実ともにHIROO WORKSのチーフスタイリストであると同時に 未だ人に不器用で、あちこちに悔いを残し、浮いたり沈んだり引きずったり… 七転八倒しながらの、生々しいサロンワークの日々がある。 お客様に出会った数だけ一緒に成長しながら、 今あらためて、自分にとっての “美容師としての原点”を再確認する時がきている。 ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松尚之
vol.26「清水 勇の仕事」
2011年11月17日(木)PM9:00 〜 PM11:00 知らなかった髪の美しさを目にしたら、 今の自分の技術では表現できないきれいさだと感じたら、 美容師として、手を出さないわけにはいかなかった。 それでも、初めてNewYork DryCutを知ってから7年間、 いつも頭の片隅にあったものの、踏み出せずにいた。 茨城県取手市のサロンでは、独自のカットで18年も前からすでに ¥8,000のカット料金で毎日忙しく、サロン経営も順調。 長時間のカットが、サロンワークに落し込めるのか、経営は成り立つのか…。 7年後、再びNewYork DryCuのイベントを訪れ、 見たことのない髪の動きを目のあたりにしたら、 オーナーとしてより、これから先の自分の美容師人生を考えていた。 NewYork DryCutに取り組み始めて11年。30年以上になる美容歴。 この夏から、毎日ひとりサロンに残り、再びウィッグに向かっている。 何度もボブを切り直し、広尾でのサロンワークには、カットしたウィッグ持参で 若い先輩達からの意見を仰ぐ。 毎回、失敗があり、発見があり、少しずつ近づいていくおもしろさがあり、次の課題がみつかる。 表現したいものがある限り、いくつになっても目の前に道が開けていく。 ![]() ![]() ![]() PHOTO_UEMATSU NOYUKI
vol.25「廣瀬 雅の仕事」
2011年10月27日(木)PM9:00 〜 PM11:00 前へ、前へ、どんな時も守るのではなく攻めていく。 NewYork での20年近い美容師としての経験で、 間近に接したジョン・サハグ、山根 英治の仕事から肌で感じてきたことだ。 3年前に、大病を発症。 病院のベッドで頭の中を巡っていたのは、やり残したことへの思いばかりだった。 1年間のブランク後、当初は立ってカットを続けるのもやっとの状態から、 すぐに、東京でのサロンワークを再開。マンスリ−ライブのステージにも立った。 翌月にはNewYork での仕事も再開。新たに大阪でもサロンワークをスタートし、 日本各地のイベントにも参加。NewYorkで待っているお客様のもとへは、この2年で10度の渡米。 あらためて、たくさんのスタイリストの仕事にも揉まれ、 お客様のために、もっと出来ることがある、 もっと上手くなりたい、心からそう思うようになった。 あらゆる角度からイメージを広げ、1本1本の髪を見逃さずに進んでいく。 ジョンやエイジが見せてくれた、前進し続ける仕事を原点に、 ひとりの女性を、どこまでもきれいにする。 ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松 尚之 http://www.facebook.com/NewYorkDryCut
vol.24「福田宗司の仕事」
2011年9月22日(木)pm9:00~11:00 「その人が一番輝いている瞬間を想像して、ヘアーデザインをイメージする」 NewYork DryCut では、顔周りのディテールや質感、毛先の表情…、どこまでもイメー ジが広がる。 イメージが広がるほどに、技術の進化を求められる。 福田 宗司という美容師の存在があったから、 HIROO WORKSがオープン出来たと言っても過言ではない。 オープン当初は、浜松に自分のサロン[ティーレップス]がありながら、 月の半分は広尾に居て、常駐メンバー達と共に、ゼロからHIROO WORKSを立ち上げてき た。 この2年ほど、家庭の事情で浜松での仕事に専念し、 3月に美容室と洋服のセレクトショップを一緒にした新しいサロン[SOAR]をオープン。 流行も、最新美容製品もどんどん取り入れる姿勢は変わらず、やはり毎日忙しい。 彼が常に目指しているのは、5分間フィニッシュ。 自分で乾かしただけで、360度どこから見てもかっこいいヘアースタイルだ。 どんな状況でも、どこであっても、 福田 宗司の中から出てくる、新しいかっこ良さを追いかけて欲しい。 ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松 尚之
2011年8月25日(木)PM9:00 ~ PM11:00
vol.23「相澤 美沙の仕事」 わずか1、2本の毛先を切っただけで、シェイプが変わった。 ほんのちょっとのシェイプの違いで、その人の全体像、印象までもが変化した。 自分の手で、それを実感した瞬間、「何でも出来る!」 と、心が踊った。 渋谷の繁華街を拠点に仕事を続け、同地区にサロンをオープンして3年目。 無理難題を含めた様々な要求や期待感に、応えたい一心から 大胆なイメージチェンジや、今風なヘアーデザインでお客様をつかんできた。 同時に、このままではいつか応えられなくなるのではという不安感もあった。 どんな美容の技術も、そこそこ覚えられる器用な美容師だったのに、 5年のNewYork DryCut 歴の中では、切ることにとらわれ過ぎてしまうあまり、 持ち味のデザイン性が失われるのではと、怖くなったこともある。 沸き上がってきたイメージ、表現したいことを、実現するまでとにかく追いかけてみたい。 今、夢中で練習し、毎日お客様にむかいながら、 ひとつ出来ることが増えるたびに、新たなイメージが次々と広がり始めている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() *PHOTO-上松尚之
vol.22「中来田次郎の仕事」
2011年7月14日(木)PM9:00 〜 PM11:00 この1年、真っすぐに見つめざるを得なかった。 お客様は何を求めて美容室へ来るのか、自分に足りないものは何か、技術力とは何なのか… 地元・姫路では、評判の美容師。プライスを上げ続けても4ヶ月先まで予約が埋まっていたが、 大きなリスクとプレッシャーを背負っての新しい挑戦が、 どうしても自分には必要だと感じていた。 ちょうど1年前、大阪の中心地に新店舗80坪のサロンをオープンした。 美容室激戦エリア、ほとんど知っている人のいない大阪で、 カットプライスは、これまで通り¥1万2,600を掲げた。 平気じゃなかった。お客様が来ないかも知れない怖さ、 自分の技術が通用するか、経営者としてサロンを維持できるか、スタッフの成長とは… 問い続け、むき出しになった気持ちで、今また技術の練習をはじめている。 自分のための技術ではなく、お客様のための技術だと確信をもって、 美容師として目の前のひとりへむかう。 ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松尚之
2011年6月16日(木)PM9:00 〜 PM11:00
vol.21「竹村 江津子の仕事」 はじめは NewYork DryCut が、“難しい”と思ったことがなかった。 EIJIのカットを見たときの、何とも言えない丸さときれいさ。 どうカットしているのか、さっぱり分からなかったけれど、 持ち前のシンプル思考で、イメージだけを頼りに すぐに、柔らかな立体感を出せるようになった。 姫路市の中心部からも離れた住宅地に[Take One]を構えたのが9年前。 カット料金を1万円に上げても、紹介客で夜遅くまで予約が埋まる。 昨年は、約3倍の広さのサロンを新築した。 髪の条件や骨格の難しさにとらわれず、イメージに向かって淡々と形にしていく能力で 一見したら気づかない、ふれてはじめて分かるカットの技を、サロンワークの中で生み出していった。 15年、経験を重ねるごとに、知らないことだらけだと突き当たりながらも、 感性と技術力に厚みを増したヘアーデザイナー竹村 江津子の NewYork DryCut の醍醐味を表現する。 ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO_上松 尚之
vol.20「佐久間敏夫の仕事」
2011年5月19日(木)pm9:00~11:00 福島県南相馬市。 この地で、30年以上美容室経営を続けてきた。昇り調子の時も、逆風の時も、 経営者というより一技術者として、突き進んで来た自負がある。 スタッフの水島ゆかりがNewYork DryCutに取り組み始めた当初は、何が良いのかさっぱり分からなかった。 8年近く間近で水島の仕事を見続け、60歳を目前に一年発起、NewYork DryCutの受講生としてスタートを切った。 今では『ベレッツア』のスタッフ全員が、NewYork DryCutに取り組んでいる。 地震と津波、店は残ったが、原発から30km圏内、避難を余儀なくされる。 一時は親類宅に身を寄せたが、4月1日、水島とアシスタントと共に営業を再開。 まだ開店準備も終わらないうちから、予約が入る。いつ避難勧告が出るか分からない状況。 長年の顔馴染みの方、そして新規客までも こんな時に美容室へ行くのはどうかと迷いながらも絶え間なくやって来る。 こんな時だからこそ、と仕事で応える。 40年以上の美容師人生、マンスリーライブ最年長の64歳。 2011年3月11日、この日を境に、また今の仕事がある。 ![]() ![]() ![]() ![]() PHOTO:上松 尚之
vol.19「原 朋之の仕事」2011年4月21日
宇都宮の[GRAM ZIPPY]といえば、地元の有名店のひとつだ。 毎日20名近い顧客をカットし続け、それだけ忙しくても、カットからカラー、パーマのテクニック、デザイン構築・接客から経営まで、あらゆる角度から勉強を続けてきた。 ニューヨークでたまたまEIJIの仕事を見てすぐ、 2008年、NewYork DryCutのベーシック講習を受講。 翌年には、カット料金を倍の¥1万に上げ、1日にカット出来る人数を半分に減らした。 人気美容師が仕事のスタイルをガラッと変える突然の宣言に、 期待してくださるお客様もいれば、引いてしまう方もいる。 サロンのトップの挑戦に、希望を見るスタッフもいれば、戸惑う者も出てくる。 それでもスタートを切った。崖っぷちを1年、突っ走ってみた。 「これほど髪を大事に扱った1年はなかった」 25年以上の美容師人生を積み上げてきた今 すべての力で、目の前のひとりを、 どこまでも“きれい”にして欲しい。 ![]() ![]() ![]() photo:上松尚之
2011年2月23日(水)PM8:00 〜 PM10:00
vol.18「山根英治の仕事」 20 年前は、知られてなかった、「きれいさ」。 学ぶにはNY に行くしか方法はなかった。 「もっと上手くなってほしい」彼は知っていることの全てを伝えたかった。 「僕にできるんだからみんなできる。髪はもっときれいになる」 ただそれだけで日本に帰って来た。19 年間、一度も休んでいない。 17 年前、初めてのLIVE は「肯定」。ありのままの姿で、とサブタイトルをつけた。 池袋、『文芸座ル・ピリエ』地下のアングラな空間、 144 人の観客、内容もタイムスケジュールも、終了時間も何も決まっていなかった。 決まっていたことはたった一つ、一人のモデルを「きれい」にすることだけ、 彼も私もそこから何がスタートするのか見てみたかった。 今、それぞれの人の「きれい」がある。そこにさまざまな歴史が刻まれ、 それぞれの仕事となり、今がある。 どれだけの人が今まで以上に髪に可能性を感じ、人に可能性を感じ、 美容師の未来を感じてきただろうか。 「きれい」は無限のもの、技術は進化し続けることを知っている。 山根英治、その一人として一美容師として、人生をかけてきた「仕事」が見たい。 ![]() ![]() PHOTO:上松尚之 下の More をクリックすると、さらに写真が見られます。 More
2011年1月20日(木) vol.17「山崎洋平の仕事」
7年前、講習生として出会った頃は、20代の若者だった。 当時はスタッフとして働いていたが、後に独立。自分の店の準備期間から、 講師活動にも参加するようになる。 いつの間にか隣にいるような何気なさと、 誰のどんな意見も取り込んで、身に付けていく姿勢は、ずっと変わらない。 千葉県・松戸に[nico hair]をオープン以来、夢中で仕事をしていたら、 あっという間に忙しくなった。 すでに、NewYork DryCut のプライスアップも予定している。 なぜ、彼は忙しいのか。 反面、どれだけお客様に喜ばれても、忙しくなっても、 周りの評価とは別に、自分の仕事に満足できない。 きっと、山崎 洋平が考える“技術力”には、たくさんの要素が含まれるのだろう。 沸き上がってくる気持ちのままに、山崎さん自身も心から喜べる仕事を期待する。 ![]() ![]() ![]() PHOTO 上松 尚之
2010年12月9日(木)PM9:00 〜 PM11:00 vol.16「佐藤光一の仕事」
![]() カットの来店周期が3 ヶ月以上になりつつあると言われているこの時代に、 [HIROO WORKS]の彼のお客様は、月1 のペースで予約を入れる。 必ずどこかしらを変化させ、毎回新しい印象に塗り替えていく彼の仕事に“期待”が大きいからだろう。 NewYork DryCutを学んで19 年、メニュー化するまでには15年近くかかっている。 それまでの仕事でも仙台のサロンは忙しく発展しており、 経営者としてもスタイリストとしても、なんら不自由を感じていなかったのかも知れない。 裏を返せば、NewYork DryCutはとっくに辞めていてもおかしくなかった。 現在では、仙台の[アトリエ パドクワ]でも、倍以上のカットプライスで毎日忙しく、 スタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むようになっている。 理容も美容も経験し、30年積み重ねてきた自分の仕事に NewYork DryCutを取り込み始めた今、 そして、これからの佐藤光一の全力の仕事を見たい。 ![]() Photo:上松 尚之
2010年11月25日(木)PM9:00 〜 PM11:00 vol.15「小林恵の仕事」
ウェットカットを知らずに、NewYork DryCutから学び始めるアシスタントも多くなったが、 18年前、小林さんはその第1号としてスタートした。 知らないがゆえに、何にもとらわれることなく、ただ“きれい”を追いかけた。 あまり深く考え込まないタイプなのも功を奏して、 アシスタント時代、二十歳そこそこの小林さんのカットは、 極めてシンプル、EIJIも驚く“きれいさ”だった。 講師として自分よりキャリアのある美容師達へも伝え始める。 スタイリストになり、お客様とがっぷり向き合う。 全国各地へ、ニューヨークへ、仕事でもプライベートでも、 感じ・考え・悩んで、カットは変わっていった。 知る程に混乱し・迷走し、最大の持ち味“きれいさ”を見失った時期もある。 たくさんの経験を積み重ね、18年かけ技術に厚みと奥行きが加わった 今の小林 恵がつくり出す“きれい”を、このステージで見てみたい。
2010年10月28日(木) vol.14「中村啓二の仕事」
50歳を目前にして、再燃した。 後輩達から初めてNewYork DryCutの話しを聞いた第一感は、 「5歳若かったら挑戦してみたかった」。それが数時間後には、講習を受けると決めていた。 サラリーマン生活を経て、憧れていた美容師を志し30年、日々全速力で走って来た。 宇都宮の[keiji class]3店舗のオーナーであり、今も一番忙しいスタイリスト。 サロンワークから、撮影、講習、TV出演や店のメンテナンスまで、 四六時中惜しみなく動き、そのままの背中を見せることで、多数のスタッフを育てた。 市内には、[keiji class]出身者の美容室がいくつもある。 今年の4月からNewYork DryCutベーシック講習を受講しはじめ、 9月28日が最終回、その1ヶ月後のマンスリーライブ。 オーナーでもなく、先生でも先輩でもなく、一美容師として、 豊かな経験と新たに火の点いた思い、持てる限りのNewYork DryCutで 目の前のひとりをきれいにする、だたそれだけに向かってみる。 ![]() ![]() Photo:上松 尚之 more をクリックするとさらに写真が見られます。 More 2010年9月16日(木) vol.13「采川蘭子の仕事」アシスタントの頃から決めていた。 お客様の望むことは、どんなことでも叶えるスタイリストになりたい。 ドレッドのような特殊な要望も、クセ毛の悩みも、 何ひとつ言い訳をせず、何もかもに応えたいと、どこへでも勉強しに行った。 都内の有名サロンで、トップの売上を記録したこともあれば、 ニューヨークで働きたいと漠然と憧れたり、 うんざりして1年以上も美容を離れ、皿洗いをしていた時期もある。 NewYork DryCut歴、5年。 まだ表現しきれないことがたくさんあるのは承知の上で、 今は、心に浮かんだイメージとテーパーを信じて、とにかくカットしてみる。 広尾でも、弘前の自分のサロンでも、 毎日のサロンワーク、ひとりのお客様と真剣に向き合う中に、 求め続けていた世界が広がっている。 ![]() ![]() ![]() ![]() 名古屋の田澤さんと言えば、サロン名そのままの、 上品で奥行き感のある“シェイプ”にこだわった仕事や、 立体的なピースが自由に動く、独自のデザインを思い浮かべるだろう。 NewYork DryCutに出会い18年あまり、まさにカットにのめり込んできた。 ふと目にした揺れる木の葉や、水面の動きの美しさを、 髪の質感に置きかえて、上質な女性像を想像してみたり、 人が作り出した物が好きで、ギターやバイク、服や音楽、 思いが込められたあらゆる物に気持ちが動き、 自分の手でもそんなヘアースタイルを作り出したいと身震いする。 これまでのイベントやステージでは、不完全燃焼感が残ることも度々あった。 このマンスリーライブで、一心不乱に、 今想像できる限りの、揺るぎない“きれいさ”を表現してみたい。 Photo:上松 尚之 2010年8月26日(木) vol.12「森本泰広の仕事」ほんの数年前まで、自分が1万円以上の料金をとってカットするとは想像もしていなかった。 カットプライス1万2,600円。大阪・南船場のサロンは毎日忙しい。 ひとりでサロンをオープンした当初、ほとんどがヒマな時間で、昼間からウィッグばかり切っていた。 入り口は、自分のクセ毛コンプレックス。 多い髪やクセに、独特のニュアンスを出す仕事で、口コミで顧客が増えた。 お客様のコンプレックスを受け入れて、あらゆる方法を試し、 いつも自分の目線で応えてきた。 忙しくなってプライスを上げても、紹介客が絶えない。 さらに応えようと、可能な限りの力で表現する。 今、『迷いが見える』。 彼のこの迷いには、リアリティーがある。 スプリングボードを強く蹴り上げる瞬間の沈みのように もっと高くあがっていく絶好のチャンスに見える。 2010年7月15日(木) vol.11「塩屋 明郎の仕事」マンスリーライブのステージに、みずから名乗りを上げた。 25歳でNewYork DryCutを知り、直後に出場したディーラー主催のカットコンテストでは、 試行錯誤のドライカットでありながら、一気に優勝をさらった。 [ジュネス]のオーナー成田英治さんらと共に、ゼロからNewYork DryCut研究会を立ち上げ、 国内での講習活動を形にし、18年間欠かすことなくずっと追い求めてきた。 続けて来る間には、自由にイメージを広げる楽しさを知っているからこそ、 考え過ぎて不自由さに苦しみ、力が入り過ぎて本来の力を出せずに終わったことも何度もある。 どこまでも限りなく自由。 自分にとってのNewYork DryCutの初心そのままを、今、表現してみたい。 Photo:上松 尚之 ![]() ![]() NewYork DryCut 講師、東京の中心メンバー。 ベーシック講習の内容をゼロからつくり上げた試行錯誤の時期、 営業後に、毎週毎週集まってミーティングを繰り返したスタイリストのひとり。 より分かりやすく、分類する・整理する・再構築する、 その能力は、これまでにない講習を生み出す大きな力になった。 10年間、美容学校の教員を務め、29歳で初めてサロンで働き始めた。 EIJIが日本で講習活動を始めた初期から参加し、 サロンワークでは思うようにNewYork DryCutを活かせない時代が続いても、 後から始めた他サロンのメンバーがどんどんプライスを上げていっても、 技術力に自信がもてずに、一歩引いてしまう時期があっても、 一度も、このカットの研究を辞めたいとは思わなかった。 10年後、独立。自由が丘に『favorite(フェバリット)』をオープン。 カット技術の可能性を、今、自らの手でひとつずつ実感し始めている。 Photo:上松 尚之
2010年4月15日(木) vol.8「水島ゆかりの仕事」
![]() 30年、美容師人生を走り続けてきた。 ずっと同じサロンに務め、福島から、ひとりで仙台・東京・大阪、海外へも行った。 HIROO WORKSのオープン以来、『ベレッツア』のチーフスタイリストとして忙しい中、 毎月5日間も休みをとって広尾へ。同時に、地元での売上を伸ばし続け、 今ではオーナーやスタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むまでになっている。 12年ほど前、偶然、飛行機で隣の席に居たEIJI(山根 英治)と話した。 初めて耳にするカットへの考え、髪への知識。 半信半疑で見に行った仕事、以来 走るほどに、行く先・見てみたい世界が鮮明になってくる。 一スタッフでありながら、どのように外へ出て行けたのか。 動いて得た数々の経験を、どうサロンワークへと落とし込んできたか。 ![]() Photo:上松 尚之
2010年3月18日(木) vol.7「中来田次郎の仕事」
![]() 「カットが上手くなりたい」、その一心で猛進してきた。 忙しくなるたびにプライスを上げ続け、 現在、姫路のサロンでカット¥12,600・4ヶ月先まで予約が埋まる。 NYへ、東京・大阪・仙台へ、惜しみない熱意と、がむしゃらな努力。 カットの技でつくりだす、髪質を問わないシェイプ、やわらかさ。 ここから次へ、自分にとって未知の領域へと、踏み出してみたい。 マンスリーライブのステージで、今の仕事すべてをさらけ出す。 ![]() Photo:上松 尚之
2010年2月4日(木) vol.6「江連 潤の仕事」
![]() 美容師になった理由は、「儲かると思ったから」。 宇都宮で10名のスタッフを抱える[アトラス]のオーナースタイリストとして忙しい毎日の中、 10年来ドライカットへの興味を持ち続けてきたが、 15分でカットしている現状や、サロン経営を考えると手を出せなかった。 知人に強く勧められ、1年前の2月にNewYork DryCutベーシック講習を受講したばかり。 以来とにかく「出来ない」「出来るようになりたい」と、毎日練習している。 すぐにお客様に使ってみると、今まで以上に喜んでもらえる。 NewYork DryCut歴1年、 美容師として、あらためて沸き上がってきた技術への興味、 そこから今、見えてきたもの。 ![]() ![]() Photo:上松 尚之
2010年1月14日(木) vol.5「中里達也の仕事」
![]() 初期からNewYork DryCutの活動に参加しているスタイリストのひとり。 自他共に認める奇抜なファッションが特長の20歳そこそこの若者は 30代半ばに[HIROO WORKS]のオープニングスタッフとして働くことを決意。 面貸しサロンでのひとりでのサロンワーク期間も長く、 [HIROO WORKS]での、この3年半は まさに人に揉まれ、人と格闘し、自分を変え続けるチャレンジを繰り返してきた。 毎日一緒に働くスタッフ・すべてのお客様と影響し合いながら、 今あらためて、“個性”とは、 “その人らしさ”とは何かを見つめ直す。 ![]() ![]() Photo:上松 尚之
2009年12月3日(木) vol.4「山本あつ子の仕事」
名古屋・姫路で、十数年NewYork DryCut を取り入れた仕事をしていたが、 本人いわく、決して“売れるスタイリスト”ではなかった。 37歳で東京へ。思いを新たに[HIROO WORKS]のオープニングに参加。 カットプライス¥8,400、顧客ゼロの状態からスタートし、 あらためて目の前のお客様を“もっときれいに”と追いかける日常、 チーフスタイリストとしての葛藤、お客様からの高まる期待、 生々しいサロンワークから伝えます。 ![]() ![]() ![]() Photo:上松 尚之
| |||