Monthly Live 営業後の美容室での美容師による単独ライブ

タグ:水島ゆかり ( 4 ) タグの人気記事


vol.83 「水島ゆかりの仕事」

2016年8月25日(木)PM9:00 〜 PM11:00
vol.83 「水島ゆかりの仕事」



15年前、NYでジョン・サハグにカットしてもらった経験は衝撃だった。
「なりふりかまわず」、そんな印象で、必死に自分にむかい続けるジョンに、
ハサミの動きも自分の髪も忘れ、魂で切られているような感覚になった。
仕上がったショートスタイルは、そこから3年間かっこいいまま伸びていったのも驚きだった。

美容師になって以来35年、あらゆる美容の技術を「出来ない事は、出来るようになりたい」一心で、
福島県南相馬から、日本各地、海外へも勉強に行く。何でも見て経験して、自分の目で選んで続けてきた。
EIJIの仕事に見た、想像すらした事のなかった、髪のきれいさ。
カット後に感じる、軽さ、やわらかさは、「大変な自分の髪」から解放され、自由へと、
ヘアースタイルに背中を押される嬉しさを知った。

10年前の[HIROO WORKS]オープンに、シフトスタイリストとして飛び込むまでは、
自分が都心でお客様に支持されるとは到底思えなかった。
5年前の大震災。地元のあまりにも大きな被害に、この状況下で美容の仕事は必要なのか、
美容師に出来る事は何か、何度も問い直さずにはいられなかった。
サロンワークでの、ちょっとしたやり取りの中で、お客様それぞれの人生を、
力強い生き様を感じる瞬間が増え、一緒に歩んできた思いがより沸き上がる。

今が、美容師として一番楽しい。
若い人にも、重い現実を背負って来られるお客様にも、どんな条件からでも、
すっと背筋を伸ばして立つ、かっこいい女性像をイメージしてみる。
そこから「水島ゆかりの仕事」が始まっていく。

d0173878_17233962.jpg

d0173878_17235269.jpg

d0173878_17242282.jpg

d0173878_17243495.jpg


PHOTO_上松尚之


© WORKS *このブログ内の、写真、文章の無断転載を禁じます。
[PR]

by hirooworks | 2016-08-25 17:12 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)

vol.56「水島ゆかりの仕事」

2014年5月8日(木)PM9:00 〜 PM11:00
vol.56「水島ゆかりの仕事」




10年後、60歳を過ぎたヘアースタイリスト水島ゆかりの姿を想像した時、
ハサミ1本で、世界中のどこでも仕事が出来るような、広がりを感じる。

南相馬市の同じ美容室で30年以上スタッフとして働き続けている。
技術力の高さとバイタリティーに富んだオーナーの影で、
思うようにお客様が増えない時代も経験してきた。
忙しくなるほどに、痛感するのは技術力の大切さ。
仙台へ、東京へ、大阪へ、海外へ、勉強のためなら、ひとりでどこへでも動く。
震災の翌日には、避難所へ駆けつけて炊き出しのおにぎりを握り、
原発事故で、市の半分以上が避難区域になった直後でも
NewYork DryCut ¥8,000〜のプライスはそのまま、営業を再開。
2ヶ月後には、東京でのサロンワークも再開し、1年後にはNYへも行った。
チーフスタイリストとして、50歳を越えてなお、自己最高の売上記録を更新し続けている。

本に囲まれて育った子供の頃から、さまざまなジャンルの
人がつくり出したものへ興味をかき立てられてきた。
つくり手の思いを感じるもの、泥臭くても生き様を感じるもの
その感性は美容師の仕事にもつながり、自分の技術で限りなく表現できる。

d0173878_1515650.jpg

d0173878_15152498.jpg

d0173878_1516194.jpg


PHOTO_上松 尚之
[PR]

by hirooworks | 2014-04-12 20:45 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)

vol.33「水島ゆかりの仕事」

2012年6月21日(木)PM9:00 〜 PM11:00
vol.33「水島ゆかりの仕事」



この1年、新規客が増え、売上をさらに上げ続け、毎日忙しい。

震災から1ヶ月も経たない2011年4月1日、営業を再開した。
周りの店舗はどこも開いておらず、食料は配給制。自衛隊と警察車両だけが走る町で、
美容室に来る人がいるとは思えなかったが、1週間もすると、予約がいっぱいになった。

馴染みのお客様が遠い避難先から来てくれる、
NewYork DryCut ¥8,400〜というメニューを知らずに訪れた初めての方が試してみたいと言う。
一歩外へ出ると立ちはだかる暗い現実、お客様が背負ってくるやり場のない気持ちも
何とかしたい、それだけで体が動いた。

震災から2ヶ月後には、東京・広尾でのサロンワークも再開、
先月は1週間ニューヨークにも行ってきた。
今も被災地であり、見えない不安はいつも心のどこかにある。
その真っ只中で、30年の美容歴とこれからの美容師人生に、
希望を見いだしている。


PHOTO_UEMATSU NOYUKI
d0173878_16424894.jpg

d0173878_16425610.jpg

d0173878_16433749.jpg

[PR]

by hirooworks | 2012-05-11 16:43 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)

vol.8「水島ゆかりの仕事」

2010年4月15日(木) vol.8「水島ゆかりの仕事」


d0173878_14391261.jpg
30年、美容師人生を走り続けてきた。

ずっと同じサロンに務め、福島から、ひとりで仙台・東京・大阪、海外へも行った。
HIROO WORKSのオープン以来、『ベレッツア』のチーフスタイリストとして忙しい中、
毎月5日間も休みをとって広尾へ。同時に、地元での売上を伸ばし続け、
今ではオーナーやスタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むまでになっている。

12年ほど前、偶然、飛行機で隣の席に居たEIJI(山根 英治)と話した。
初めて耳にするカットへの考え、髪への知識。
半信半疑で見に行った仕事、以来
走るほどに、行く先・見てみたい世界が鮮明になってくる。

一スタッフでありながら、どのように外へ出て行けたのか。
動いて得た数々の経験を、どうサロンワークへと落とし込んできたか。


d0173878_14393830.jpg

Photo:上松 尚之
[PR]

by hirooworks | 2010-04-15 18:53 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)