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Monthly Live 営業後の美容室での美容師による単独ライブ

vol.13「采川蘭子の仕事」

vol.13「采川蘭子の仕事」_d0173878_13244775.jpg2010年9月16日(木) vol.13「采川蘭子の仕事」


アシスタントの頃から決めていた。
お客様の望むことは、どんなことでも叶えるスタイリストになりたい。
ドレッドのような特殊な要望も、クセ毛の悩みも、
何ひとつ言い訳をせず、何もかもに応えたいと、どこへでも勉強しに行った。

都内の有名サロンで、トップの売上を記録したこともあれば、
ニューヨークで働きたいと漠然と憧れたり、
うんざりして1年以上も美容を離れ、皿洗いをしていた時期もある。

NewYork DryCut歴、5年。
まだ表現しきれないことがたくさんあるのは承知の上で、
今は、心に浮かんだイメージとテーパーを信じて、とにかくカットしてみる。

広尾でも、弘前の自分のサロンでも、
毎日のサロンワーク、ひとりのお客様と真剣に向き合う中に、
求め続けていた世界が広がっている。
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# by hirooworks | 2010-09-18 18:56 | 采川蘭子の仕事

vol.10「田澤浦己の仕事」

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2010年6月10日(木)
vol.10「田澤浦己の仕事」

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名古屋の田澤さんと言えば、サロン名そのままの、
上品で奥行き感のある“シェイプ”にこだわった仕事や、
立体的なピースが自由に動く、独自のデザインを思い浮かべるだろう。

NewYork DryCutに出会い18年あまり、まさにカットにのめり込んできた。

ふと目にした揺れる木の葉や、水面の動きの美しさを、
髪の質感に置きかえて、上質な女性像を想像してみたり、
人が作り出した物が好きで、ギターやバイク、服や音楽、
思いが込められたあらゆる物に気持ちが動き、
自分の手でもそんなヘアースタイルを作り出したいと身震いする。

これまでのイベントやステージでは、不完全燃焼感が残ることも度々あった。

このマンスリーライブで、一心不乱に、
今想像できる限りの、揺るぎない“きれいさ”を表現してみたい。

Photo:上松 尚之

# by hirooworks | 2010-09-10 18:53 | 田澤浦己の仕事

vol.12「森本泰広の仕事」

vol.12「森本泰広の仕事」_d0173878_1336162.jpg2010年8月26日(木) vol.12「森本泰広の仕事」

ほんの数年前まで、自分が1万円以上の料金をとってカットするとは想像もしていなかった。

カットプライス1万2,600円。大阪・南船場のサロンは毎日忙しい。
ひとりでサロンをオープンした当初、ほとんどがヒマな時間で、昼間からウィッグばかり切っていた。

入り口は、自分のクセ毛コンプレックス。
多い髪やクセに、独特のニュアンスを出す仕事で、口コミで顧客が増えた。

お客様のコンプレックスを受け入れて、あらゆる方法を試し、
いつも自分の目線で応えてきた。
忙しくなってプライスを上げても、紹介客が絶えない。
さらに応えようと、可能な限りの力で表現する。

今、『迷いが見える』。
彼のこの迷いには、リアリティーがある。
スプリングボードを強く蹴り上げる瞬間の沈みのように
もっと高くあがっていく絶好のチャンスに見える。

# by hirooworks | 2010-08-26 18:55 | 森本泰広の仕事

vol.11「塩屋 明郎の仕事」

vol.11「塩屋 明郎の仕事」_d0173878_13185318.jpg2010年7月15日(木) vol.11「塩屋 明郎の仕事」


マンスリーライブのステージに、みずから名乗りを上げた。

25歳でNewYork DryCutを知り、直後に出場したディーラー主催のカットコンテストでは、
試行錯誤のドライカットでありながら、一気に優勝をさらった。
[ジュネス]のオーナー成田英治さんらと共に、ゼロからNewYork DryCut研究会を立ち上げ、
国内での講習活動を形にし、18年間欠かすことなくずっと追い求めてきた。

続けて来る間には、自由にイメージを広げる楽しさを知っているからこそ、
考え過ぎて不自由さに苦しみ、力が入り過ぎて本来の力を出せずに終わったことも何度もある。

どこまでも限りなく自由。
自分にとってのNewYork DryCutの初心そのままを、今、表現してみたい。

Photo:上松 尚之

# by hirooworks | 2010-07-15 18:54 | 塩屋明郎の仕事

vol.9「坂野 渉の仕事」

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2010年5月27日(木) vol.9「坂野 渉の仕事」

NewYork DryCut 講師、東京の中心メンバー。
ベーシック講習の内容をゼロからつくり上げた試行錯誤の時期、
営業後に、毎週毎週集まってミーティングを繰り返したスタイリストのひとり。
より分かりやすく、分類する・整理する・再構築する、
その能力は、これまでにない講習を生み出す大きな力になった。

10年間、美容学校の教員を務め、29歳で初めてサロンで働き始めた。

EIJIが日本で講習活動を始めた初期から参加し、
サロンワークでは思うようにNewYork DryCutを活かせない時代が続いても、
後から始めた他サロンのメンバーがどんどんプライスを上げていっても、
技術力に自信がもてずに、一歩引いてしまう時期があっても、
一度も、このカットの研究を辞めたいとは思わなかった。

10年後、独立。自由が丘に『favorite(フェバリット)』をオープン。
カット技術の可能性を、今、自らの手でひとつずつ実感し始めている。


vol.9「坂野 渉の仕事」_d0173878_1432542.jpgPhoto:上松 尚之

# by hirooworks | 2010-05-27 18:53 | 坂野 渉の仕事