Monthly Live 営業後の美容室での美容師による単独ライブ

vol.21 「竹村 江津子の仕事」

2011年6月16日(木)PM9:00 〜 PM11:00

vol.21「竹村 江津子の仕事」


はじめは NewYork DryCut が、“難しい”と思ったことがなかった。
EIJIのカットを見たときの、何とも言えない丸さときれいさ。
どうカットしているのか、さっぱり分からなかったけれど、
持ち前のシンプル思考で、イメージだけを頼りに
すぐに、柔らかな立体感を出せるようになった。

姫路市の中心部からも離れた住宅地に[Take One]を構えたのが9年前。
カット料金を1万円に上げても、紹介客で夜遅くまで予約が埋まる。
昨年は、約3倍の広さのサロンを新築した。

髪の条件や骨格の難しさにとらわれず、イメージに向かって淡々と形にしていく能力で
一見したら気づかない、ふれてはじめて分かるカットの技を、サロンワークの中で生み出していった。

15年、経験を重ねるごとに、知らないことだらけだと突き当たりながらも、
感性と技術力に厚みを増したヘアーデザイナー竹村 江津子の
NewYork DryCut の醍醐味を表現する。
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# by hirooworks | 2011-06-16 16:53 | 竹村 江津子の仕事 | Comments(0)

vol.20「佐久間 敏夫の仕事」

vol.20「佐久間敏夫の仕事」
2011年5月19日(木)pm9:00~11:00



福島県南相馬市。
この地で、30年以上美容室経営を続けてきた。昇り調子の時も、逆風の時も、
経営者というより一技術者として、突き進んで来た自負がある。

スタッフの水島ゆかりがNewYork DryCutに取り組み始めた当初は、何が良いのかさっぱり分からなかった。
8年近く間近で水島の仕事を見続け、60歳を目前に一年発起、NewYork DryCutの受講生としてスタートを切った。
今では『ベレッツア』のスタッフ全員が、NewYork DryCutに取り組んでいる。

地震と津波、店は残ったが、原発から30km圏内、避難を余儀なくされる。
一時は親類宅に身を寄せたが、4月1日、水島とアシスタントと共に営業を再開。
まだ開店準備も終わらないうちから、予約が入る。いつ避難勧告が出るか分からない状況。
長年の顔馴染みの方、そして新規客までも
こんな時に美容室へ行くのはどうかと迷いながらも絶え間なくやって来る。
こんな時だからこそ、と仕事で応える。

40年以上の美容師人生、マンスリーライブ最年長の64歳。
2011年3月11日、この日を境に、また今の仕事がある。

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PHOTO:上松 尚之
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# by hirooworks | 2011-04-22 01:34 | 佐久間敏夫の仕事 | Comments(0)

vol19「原 朋之の仕事

vol.19「原 朋之の仕事」2011年4月21日

宇都宮の[GRAM ZIPPY]といえば、地元の有名店のひとつだ。
毎日20名近い顧客をカットし続け、それだけ忙しくても、カットからカラー、パーマのテクニック、デザイン構築・接客から経営まで、あらゆる角度から勉強を続けてきた。
ニューヨークでたまたまEIJIの仕事を見てすぐ、
2008年、NewYork DryCutのベーシック講習を受講。

翌年には、カット料金を倍の¥1万に上げ、1日にカット出来る人数を半分に減らした。
人気美容師が仕事のスタイルをガラッと変える突然の宣言に、
期待してくださるお客様もいれば、引いてしまう方もいる。
サロンのトップの挑戦に、希望を見るスタッフもいれば、戸惑う者も出てくる。
それでもスタートを切った。崖っぷちを1年、突っ走ってみた。
「これほど髪を大事に扱った1年はなかった」

25年以上の美容師人生を積み上げてきた今
すべての力で、目の前のひとりを、
どこまでも“きれい”にして欲しい。

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photo:上松尚之
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# by hirooworks | 2011-02-24 05:46 | 原 朋之の仕事 | Comments(0)

vol.18「山根英治の仕事」

2011年2月23日(水)PM8:00 〜 PM10:00

vol.18「山根英治の仕事」


20 年前は、知られてなかった、「きれいさ」。
学ぶにはNY に行くしか方法はなかった。
「もっと上手くなってほしい」彼は知っていることの全てを伝えたかった。
「僕にできるんだからみんなできる。髪はもっときれいになる」
ただそれだけで日本に帰って来た。19 年間、一度も休んでいない。

17 年前、初めてのLIVE は「肯定」。ありのままの姿で、とサブタイトルをつけた。
池袋、『文芸座ル・ピリエ』地下のアングラな空間、
144 人の観客、内容もタイムスケジュールも、終了時間も何も決まっていなかった。
決まっていたことはたった一つ、一人のモデルを「きれい」にすることだけ、
彼も私もそこから何がスタートするのか見てみたかった。

今、それぞれの人の「きれい」がある。そこにさまざまな歴史が刻まれ、
それぞれの仕事となり、今がある。
どれだけの人が今まで以上に髪に可能性を感じ、人に可能性を感じ、
美容師の未来を感じてきただろうか。
「きれい」は無限のもの、技術は進化し続けることを知っている。

山根英治、その一人として一美容師として、人生をかけてきた「仕事」が見たい。



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PHOTO:上松尚之



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# by hirooworks | 2011-01-23 12:52 | 山根英治の仕事 | Comments(0)

vol.17「山崎洋平の仕事」

2011年1月20日(木) vol.17「山崎洋平の仕事」


7年前、講習生として出会った頃は、20代の若者だった。
当時はスタッフとして働いていたが、後に独立。自分の店の準備期間から、
講師活動にも参加するようになる。
いつの間にか隣にいるような何気なさと、
誰のどんな意見も取り込んで、身に付けていく姿勢は、ずっと変わらない。

千葉県・松戸に[nico hair]をオープン以来、夢中で仕事をしていたら、
あっという間に忙しくなった。
すでに、NewYork DryCut のプライスアップも予定している。
なぜ、彼は忙しいのか。

反面、どれだけお客様に喜ばれても、忙しくなっても、
周りの評価とは別に、自分の仕事に満足できない。

きっと、山崎 洋平が考える“技術力”には、たくさんの要素が含まれるのだろう。
沸き上がってくる気持ちのままに、山崎さん自身も心から喜べる仕事を期待する。
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PHOTO 上松 尚之
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# by hirooworks | 2011-01-20 18:59 | 山崎洋平の仕事 | Comments(0)

vol.16「佐藤光一の仕事」

2010年12月9日(木)PM9:00 〜 PM11:00 vol.16「佐藤光一の仕事」
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カットの来店周期が3 ヶ月以上になりつつあると言われているこの時代に、
[HIROO WORKS]の彼のお客様は、月1 のペースで予約を入れる。
必ずどこかしらを変化させ、毎回新しい印象に塗り替えていく彼の仕事に“期待”が大きいからだろう。

NewYork DryCutを学んで19 年、メニュー化するまでには15年近くかかっている。
それまでの仕事でも仙台のサロンは忙しく発展しており、
経営者としてもスタイリストとしても、なんら不自由を感じていなかったのかも知れない。
裏を返せば、NewYork DryCutはとっくに辞めていてもおかしくなかった。

現在では、仙台の[アトリエ パドクワ]でも、倍以上のカットプライスで毎日忙しく、
スタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むようになっている。
理容も美容も経験し、30年積み重ねてきた自分の仕事に
NewYork DryCutを取り込み始めた今、
そして、これからの佐藤光一の全力の仕事を見たい。

d0173878_182831.jpgPhoto:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-12-09 14:21 | 佐藤光一の仕事 | Comments(0)

vol.15「小林恵の仕事」

2010年11月25日(木)PM9:00 〜 PM11:00  
vol.15「小林恵の仕事」




ウェットカットを知らずに、NewYork DryCutから学び始めるアシスタントも多くなったが、
18年前、小林さんはその第1号としてスタートした。

知らないがゆえに、何にもとらわれることなく、ただ“きれい”を追いかけた。
あまり深く考え込まないタイプなのも功を奏して、
アシスタント時代、二十歳そこそこの小林さんのカットは、
極めてシンプル、EIJIも驚く“きれいさ”だった。

講師として自分よりキャリアのある美容師達へも伝え始める。
スタイリストになり、お客様とがっぷり向き合う。
全国各地へ、ニューヨークへ、仕事でもプライベートでも、
感じ・考え・悩んで、カットは変わっていった。

知る程に混乱し・迷走し、最大の持ち味“きれいさ”を見失った時期もある。

たくさんの経験を積み重ね、18年かけ技術に厚みと奥行きが加わった
今の小林 恵がつくり出す“きれい”を、このステージで見てみたい。
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# by hirooworks | 2010-11-25 18:58 | 小林恵の仕事 | Comments(0)

vol.14「中村啓二の仕事」

2010年10月28日(木) vol.14「中村啓二の仕事」


50歳を目前にして、再燃した。
後輩達から初めてNewYork DryCutの話しを聞いた第一感は、
「5歳若かったら挑戦してみたかった」。それが数時間後には、講習を受けると決めていた。

サラリーマン生活を経て、憧れていた美容師を志し30年、日々全速力で走って来た。
宇都宮の[keiji class]3店舗のオーナーであり、今も一番忙しいスタイリスト。
サロンワークから、撮影、講習、TV出演や店のメンテナンスまで、
四六時中惜しみなく動き、そのままの背中を見せることで、多数のスタッフを育てた。
市内には、[keiji class]出身者の美容室がいくつもある。

今年の4月からNewYork DryCutベーシック講習を受講しはじめ、
9月28日が最終回、その1ヶ月後のマンスリーライブ。

オーナーでもなく、先生でも先輩でもなく、一美容師として、
豊かな経験と新たに火の点いた思い、持てる限りのNewYork DryCutで
目の前のひとりをきれいにする、だたそれだけに向かってみる。

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Photo:上松 尚之

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# by hirooworks | 2010-10-28 18:56 | 中村啓二の仕事 | Comments(0)

vol.13「采川蘭子の仕事」

d0173878_13244775.jpg2010年9月16日(木) vol.13「采川蘭子の仕事」


アシスタントの頃から決めていた。
お客様の望むことは、どんなことでも叶えるスタイリストになりたい。
ドレッドのような特殊な要望も、クセ毛の悩みも、
何ひとつ言い訳をせず、何もかもに応えたいと、どこへでも勉強しに行った。

都内の有名サロンで、トップの売上を記録したこともあれば、
ニューヨークで働きたいと漠然と憧れたり、
うんざりして1年以上も美容を離れ、皿洗いをしていた時期もある。

NewYork DryCut歴、5年。
まだ表現しきれないことがたくさんあるのは承知の上で、
今は、心に浮かんだイメージとテーパーを信じて、とにかくカットしてみる。

広尾でも、弘前の自分のサロンでも、
毎日のサロンワーク、ひとりのお客様と真剣に向き合う中に、
求め続けていた世界が広がっている。
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# by hirooworks | 2010-09-18 18:56 | 采川蘭子の仕事 | Comments(0)

vol.10「田澤浦己の仕事」

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2010年6月10日(木)
vol.10「田澤浦己の仕事」

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名古屋の田澤さんと言えば、サロン名そのままの、
上品で奥行き感のある“シェイプ”にこだわった仕事や、
立体的なピースが自由に動く、独自のデザインを思い浮かべるだろう。

NewYork DryCutに出会い18年あまり、まさにカットにのめり込んできた。

ふと目にした揺れる木の葉や、水面の動きの美しさを、
髪の質感に置きかえて、上質な女性像を想像してみたり、
人が作り出した物が好きで、ギターやバイク、服や音楽、
思いが込められたあらゆる物に気持ちが動き、
自分の手でもそんなヘアースタイルを作り出したいと身震いする。

これまでのイベントやステージでは、不完全燃焼感が残ることも度々あった。

このマンスリーライブで、一心不乱に、
今想像できる限りの、揺るぎない“きれいさ”を表現してみたい。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-09-10 18:53 | 田澤浦己の仕事 | Comments(0)

vol.12「森本泰広の仕事」

d0173878_1336162.jpg2010年8月26日(木) vol.12「森本泰広の仕事」

ほんの数年前まで、自分が1万円以上の料金をとってカットするとは想像もしていなかった。

カットプライス1万2,600円。大阪・南船場のサロンは毎日忙しい。
ひとりでサロンをオープンした当初、ほとんどがヒマな時間で、昼間からウィッグばかり切っていた。

入り口は、自分のクセ毛コンプレックス。
多い髪やクセに、独特のニュアンスを出す仕事で、口コミで顧客が増えた。

お客様のコンプレックスを受け入れて、あらゆる方法を試し、
いつも自分の目線で応えてきた。
忙しくなってプライスを上げても、紹介客が絶えない。
さらに応えようと、可能な限りの力で表現する。

今、『迷いが見える』。
彼のこの迷いには、リアリティーがある。
スプリングボードを強く蹴り上げる瞬間の沈みのように
もっと高くあがっていく絶好のチャンスに見える。
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# by hirooworks | 2010-08-26 18:55 | 森本泰広の仕事 | Comments(0)

vol.11「塩屋 明郎の仕事」

d0173878_13185318.jpg2010年7月15日(木) vol.11「塩屋 明郎の仕事」


マンスリーライブのステージに、みずから名乗りを上げた。

25歳でNewYork DryCutを知り、直後に出場したディーラー主催のカットコンテストでは、
試行錯誤のドライカットでありながら、一気に優勝をさらった。
[ジュネス]のオーナー成田英治さんらと共に、ゼロからNewYork DryCut研究会を立ち上げ、
国内での講習活動を形にし、18年間欠かすことなくずっと追い求めてきた。

続けて来る間には、自由にイメージを広げる楽しさを知っているからこそ、
考え過ぎて不自由さに苦しみ、力が入り過ぎて本来の力を出せずに終わったことも何度もある。

どこまでも限りなく自由。
自分にとってのNewYork DryCutの初心そのままを、今、表現してみたい。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-07-15 18:54 | 塩屋明郎の仕事 | Comments(0)

vol.9「坂野 渉の仕事」

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2010年5月27日(木) vol.9「坂野 渉の仕事」

NewYork DryCut 講師、東京の中心メンバー。
ベーシック講習の内容をゼロからつくり上げた試行錯誤の時期、
営業後に、毎週毎週集まってミーティングを繰り返したスタイリストのひとり。
より分かりやすく、分類する・整理する・再構築する、
その能力は、これまでにない講習を生み出す大きな力になった。

10年間、美容学校の教員を務め、29歳で初めてサロンで働き始めた。

EIJIが日本で講習活動を始めた初期から参加し、
サロンワークでは思うようにNewYork DryCutを活かせない時代が続いても、
後から始めた他サロンのメンバーがどんどんプライスを上げていっても、
技術力に自信がもてずに、一歩引いてしまう時期があっても、
一度も、このカットの研究を辞めたいとは思わなかった。

10年後、独立。自由が丘に『favorite(フェバリット)』をオープン。
カット技術の可能性を、今、自らの手でひとつずつ実感し始めている。


d0173878_1432542.jpgPhoto:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-05-27 18:53 | 坂野 渉の仕事 | Comments(0)

vol.8「水島ゆかりの仕事」

2010年4月15日(木) vol.8「水島ゆかりの仕事」


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30年、美容師人生を走り続けてきた。

ずっと同じサロンに務め、福島から、ひとりで仙台・東京・大阪、海外へも行った。
HIROO WORKSのオープン以来、『ベレッツア』のチーフスタイリストとして忙しい中、
毎月5日間も休みをとって広尾へ。同時に、地元での売上を伸ばし続け、
今ではオーナーやスタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むまでになっている。

12年ほど前、偶然、飛行機で隣の席に居たEIJI(山根 英治)と話した。
初めて耳にするカットへの考え、髪への知識。
半信半疑で見に行った仕事、以来
走るほどに、行く先・見てみたい世界が鮮明になってくる。

一スタッフでありながら、どのように外へ出て行けたのか。
動いて得た数々の経験を、どうサロンワークへと落とし込んできたか。


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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-04-15 18:53 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)

vol.7「中来田次郎の仕事」

2010年3月18日(木) vol.7「中来田次郎の仕事」

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「カットが上手くなりたい」、その一心で猛進してきた。

忙しくなるたびにプライスを上げ続け、
現在、姫路のサロンでカット¥12,600・4ヶ月先まで予約が埋まる。

NYへ、東京・大阪・仙台へ、惜しみない熱意と、がむしゃらな努力。
カットの技でつくりだす、髪質を問わないシェイプ、やわらかさ。

ここから次へ、自分にとって未知の領域へと、踏み出してみたい。
マンスリーライブのステージで、今の仕事すべてをさらけ出す。


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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-03-18 18:51 | 中来田次郎の仕事 | Comments(0)

vol.6「江連 潤の仕事」

2010年2月4日(木) vol.6「江連 潤の仕事」

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美容師になった理由は、「儲かると思ったから」。
宇都宮で10名のスタッフを抱える[アトラス]のオーナースタイリストとして忙しい毎日の中、
10年来ドライカットへの興味を持ち続けてきたが、
15分でカットしている現状や、サロン経営を考えると手を出せなかった。

知人に強く勧められ、1年前の2月にNewYork DryCutベーシック講習を受講したばかり。
以来とにかく「出来ない」「出来るようになりたい」と、毎日練習している。
すぐにお客様に使ってみると、今まで以上に喜んでもらえる。

NewYork DryCut歴1年、
美容師として、あらためて沸き上がってきた技術への興味、
そこから今、見えてきたもの。
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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-02-04 18:51 | 江連 潤の仕事 | Comments(0)

vol.4「山本あつ子の仕事」

2009年12月3日(木) vol.4「山本あつ子の仕事」

名古屋・姫路で、十数年NewYork DryCut を取り入れた仕事をしていたが、
本人いわく、決して“売れるスタイリスト”ではなかった。
37歳で東京へ。思いを新たに[HIROO WORKS]のオープニングに参加。
カットプライス¥8,400、顧客ゼロの状態からスタートし、
あらためて目の前のお客様を“もっときれいに”と追いかける日常、
チーフスタイリストとしての葛藤、お客様からの高まる期待、
生々しいサロンワークから伝えます。
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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-12-03 18:49 | 山本あつ子の仕事 | Comments(0)

vol.3「原田 望の仕事」

d0173878_13204650.jpg 2009年11月5日(木) vol.3「原田 望の仕事」


HIROO WORKSで育ったスタイリスト第1号。
28歳から美容師を志し、ニューヨーク、青山でサロンワークを経験。
NewYork DryCutも、他のスタイリスト達のこともほとんど知らないまま
HIROO WORKSのオープニングスタッフとして参加。
32歳でアシスタントからスタートし、期待とプレッシャーの中で闘ってきた3年間。


Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-11-05 18:48 | 原田 望の仕事 | Comments(0)

vol.2 「廣瀬 雅」の仕事

2009年10月22日(木) vol.2 「廣瀬 雅」の仕事 

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ニューヨークでの20年近い美容師としての貴重な経験。
ジョン・サハグ、山根 英治両氏のサロンワークを間近で見て感じとってきたもの、
世界一厳しいNYのお客様達に育てられた仕事。
東京へ拠点を移した今の広瀬 雅の仕事を、原点と語るボブスタイルから伝えます。

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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-10-22 21:11 | 廣瀬 雅の仕事 | Comments(0)

vol.1 「井口淳介の仕事」

2009年9月17 日(木) vol.1 「井口淳介の仕事」


[HIROO WORKS]では、今後毎月1名ずつ、サロン内 LIVE Stageを行います。
先陣を切るのは、[HIROO WORKS]では唯一の20代スタイリスト・井口淳介。
オープンから半年後、大阪からひとり上京し、お客様ゼロ、アシスタントからスタートした井口が、
スタイリストとして、またNewYork DryCut講習の講師として活動している中から感じている
仕事への思い、NewYork DryCutの可能性、今の仕事そのものと、仕事観を伝えます。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-09-17 18:47 | 井口淳介の仕事 | Comments(0)