Monthly Live 営業後の美容室での美容師による単独ライブ

vol.14「中村啓二の仕事」

2010年10月28日(木) vol.14「中村啓二の仕事」


50歳を目前にして、再燃した。
後輩達から初めてNewYork DryCutの話しを聞いた第一感は、
「5歳若かったら挑戦してみたかった」。それが数時間後には、講習を受けると決めていた。

サラリーマン生活を経て、憧れていた美容師を志し30年、日々全速力で走って来た。
宇都宮の[keiji class]3店舗のオーナーであり、今も一番忙しいスタイリスト。
サロンワークから、撮影、講習、TV出演や店のメンテナンスまで、
四六時中惜しみなく動き、そのままの背中を見せることで、多数のスタッフを育てた。
市内には、[keiji class]出身者の美容室がいくつもある。

今年の4月からNewYork DryCutベーシック講習を受講しはじめ、
9月28日が最終回、その1ヶ月後のマンスリーライブ。

オーナーでもなく、先生でも先輩でもなく、一美容師として、
豊かな経験と新たに火の点いた思い、持てる限りのNewYork DryCutで
目の前のひとりをきれいにする、だたそれだけに向かってみる。

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Photo:上松 尚之

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# by hirooworks | 2010-10-28 18:56 | 中村啓二の仕事 | Comments(0)

vol.13「采川蘭子の仕事」

d0173878_13244775.jpg2010年9月16日(木) vol.13「采川蘭子の仕事」


アシスタントの頃から決めていた。
お客様の望むことは、どんなことでも叶えるスタイリストになりたい。
ドレッドのような特殊な要望も、クセ毛の悩みも、
何ひとつ言い訳をせず、何もかもに応えたいと、どこへでも勉強しに行った。

都内の有名サロンで、トップの売上を記録したこともあれば、
ニューヨークで働きたいと漠然と憧れたり、
うんざりして1年以上も美容を離れ、皿洗いをしていた時期もある。

NewYork DryCut歴、5年。
まだ表現しきれないことがたくさんあるのは承知の上で、
今は、心に浮かんだイメージとテーパーを信じて、とにかくカットしてみる。

広尾でも、弘前の自分のサロンでも、
毎日のサロンワーク、ひとりのお客様と真剣に向き合う中に、
求め続けていた世界が広がっている。
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# by hirooworks | 2010-09-18 18:56 | 采川蘭子の仕事 | Comments(0)

vol.10「田澤浦己の仕事」

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2010年6月10日(木)
vol.10「田澤浦己の仕事」

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名古屋の田澤さんと言えば、サロン名そのままの、
上品で奥行き感のある“シェイプ”にこだわった仕事や、
立体的なピースが自由に動く、独自のデザインを思い浮かべるだろう。

NewYork DryCutに出会い18年あまり、まさにカットにのめり込んできた。

ふと目にした揺れる木の葉や、水面の動きの美しさを、
髪の質感に置きかえて、上質な女性像を想像してみたり、
人が作り出した物が好きで、ギターやバイク、服や音楽、
思いが込められたあらゆる物に気持ちが動き、
自分の手でもそんなヘアースタイルを作り出したいと身震いする。

これまでのイベントやステージでは、不完全燃焼感が残ることも度々あった。

このマンスリーライブで、一心不乱に、
今想像できる限りの、揺るぎない“きれいさ”を表現してみたい。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-09-10 18:53 | 田澤浦己の仕事 | Comments(0)

vol.12「森本泰広の仕事」

d0173878_1336162.jpg2010年8月26日(木) vol.12「森本泰広の仕事」

ほんの数年前まで、自分が1万円以上の料金をとってカットするとは想像もしていなかった。

カットプライス1万2,600円。大阪・南船場のサロンは毎日忙しい。
ひとりでサロンをオープンした当初、ほとんどがヒマな時間で、昼間からウィッグばかり切っていた。

入り口は、自分のクセ毛コンプレックス。
多い髪やクセに、独特のニュアンスを出す仕事で、口コミで顧客が増えた。

お客様のコンプレックスを受け入れて、あらゆる方法を試し、
いつも自分の目線で応えてきた。
忙しくなってプライスを上げても、紹介客が絶えない。
さらに応えようと、可能な限りの力で表現する。

今、『迷いが見える』。
彼のこの迷いには、リアリティーがある。
スプリングボードを強く蹴り上げる瞬間の沈みのように
もっと高くあがっていく絶好のチャンスに見える。
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# by hirooworks | 2010-08-26 18:55 | 森本泰広の仕事 | Comments(0)

vol.11「塩屋 明郎の仕事」

d0173878_13185318.jpg2010年7月15日(木) vol.11「塩屋 明郎の仕事」


マンスリーライブのステージに、みずから名乗りを上げた。

25歳でNewYork DryCutを知り、直後に出場したディーラー主催のカットコンテストでは、
試行錯誤のドライカットでありながら、一気に優勝をさらった。
[ジュネス]のオーナー成田英治さんらと共に、ゼロからNewYork DryCut研究会を立ち上げ、
国内での講習活動を形にし、18年間欠かすことなくずっと追い求めてきた。

続けて来る間には、自由にイメージを広げる楽しさを知っているからこそ、
考え過ぎて不自由さに苦しみ、力が入り過ぎて本来の力を出せずに終わったことも何度もある。

どこまでも限りなく自由。
自分にとってのNewYork DryCutの初心そのままを、今、表現してみたい。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-07-15 18:54 | 塩屋明郎の仕事 | Comments(0)

vol.9「坂野 渉の仕事」

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2010年5月27日(木) vol.9「坂野 渉の仕事」

NewYork DryCut 講師、東京の中心メンバー。
ベーシック講習の内容をゼロからつくり上げた試行錯誤の時期、
営業後に、毎週毎週集まってミーティングを繰り返したスタイリストのひとり。
より分かりやすく、分類する・整理する・再構築する、
その能力は、これまでにない講習を生み出す大きな力になった。

10年間、美容学校の教員を務め、29歳で初めてサロンで働き始めた。

EIJIが日本で講習活動を始めた初期から参加し、
サロンワークでは思うようにNewYork DryCutを活かせない時代が続いても、
後から始めた他サロンのメンバーがどんどんプライスを上げていっても、
技術力に自信がもてずに、一歩引いてしまう時期があっても、
一度も、このカットの研究を辞めたいとは思わなかった。

10年後、独立。自由が丘に『favorite(フェバリット)』をオープン。
カット技術の可能性を、今、自らの手でひとつずつ実感し始めている。


d0173878_1432542.jpgPhoto:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-05-27 18:53 | 坂野 渉の仕事 | Comments(0)

vol.8「水島ゆかりの仕事」

2010年4月15日(木) vol.8「水島ゆかりの仕事」


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30年、美容師人生を走り続けてきた。

ずっと同じサロンに務め、福島から、ひとりで仙台・東京・大阪、海外へも行った。
HIROO WORKSのオープン以来、『ベレッツア』のチーフスタイリストとして忙しい中、
毎月5日間も休みをとって広尾へ。同時に、地元での売上を伸ばし続け、
今ではオーナーやスタッフ全員がNewYork DryCutに取り組むまでになっている。

12年ほど前、偶然、飛行機で隣の席に居たEIJI(山根 英治)と話した。
初めて耳にするカットへの考え、髪への知識。
半信半疑で見に行った仕事、以来
走るほどに、行く先・見てみたい世界が鮮明になってくる。

一スタッフでありながら、どのように外へ出て行けたのか。
動いて得た数々の経験を、どうサロンワークへと落とし込んできたか。


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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-04-15 18:53 | 水島ゆかりの仕事 | Comments(0)

vol.7「中来田次郎の仕事」

2010年3月18日(木) vol.7「中来田次郎の仕事」

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「カットが上手くなりたい」、その一心で猛進してきた。

忙しくなるたびにプライスを上げ続け、
現在、姫路のサロンでカット¥12,600・4ヶ月先まで予約が埋まる。

NYへ、東京・大阪・仙台へ、惜しみない熱意と、がむしゃらな努力。
カットの技でつくりだす、髪質を問わないシェイプ、やわらかさ。

ここから次へ、自分にとって未知の領域へと、踏み出してみたい。
マンスリーライブのステージで、今の仕事すべてをさらけ出す。


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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-03-18 18:51 | 中来田次郎の仕事 | Comments(0)

vol.6「江連 潤の仕事」

2010年2月4日(木) vol.6「江連 潤の仕事」

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美容師になった理由は、「儲かると思ったから」。
宇都宮で10名のスタッフを抱える[アトラス]のオーナースタイリストとして忙しい毎日の中、
10年来ドライカットへの興味を持ち続けてきたが、
15分でカットしている現状や、サロン経営を考えると手を出せなかった。

知人に強く勧められ、1年前の2月にNewYork DryCutベーシック講習を受講したばかり。
以来とにかく「出来ない」「出来るようになりたい」と、毎日練習している。
すぐにお客様に使ってみると、今まで以上に喜んでもらえる。

NewYork DryCut歴1年、
美容師として、あらためて沸き上がってきた技術への興味、
そこから今、見えてきたもの。
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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2010-02-04 18:51 | 江連 潤の仕事 | Comments(0)

vol.4「山本あつ子の仕事」

2009年12月3日(木) vol.4「山本あつ子の仕事」

名古屋・姫路で、十数年NewYork DryCut を取り入れた仕事をしていたが、
本人いわく、決して“売れるスタイリスト”ではなかった。
37歳で東京へ。思いを新たに[HIROO WORKS]のオープニングに参加。
カットプライス¥8,400、顧客ゼロの状態からスタートし、
あらためて目の前のお客様を“もっときれいに”と追いかける日常、
チーフスタイリストとしての葛藤、お客様からの高まる期待、
生々しいサロンワークから伝えます。
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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-12-03 18:49 | 山本あつ子の仕事 | Comments(0)

vol.3「原田 望の仕事」

d0173878_13204650.jpg 2009年11月5日(木) vol.3「原田 望の仕事」


HIROO WORKSで育ったスタイリスト第1号。
28歳から美容師を志し、ニューヨーク、青山でサロンワークを経験。
NewYork DryCutも、他のスタイリスト達のこともほとんど知らないまま
HIROO WORKSのオープニングスタッフとして参加。
32歳でアシスタントからスタートし、期待とプレッシャーの中で闘ってきた3年間。


Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-11-05 18:48 | 原田 望の仕事 | Comments(0)

vol.2 「廣瀬 雅」の仕事

2009年10月22日(木) vol.2 「廣瀬 雅」の仕事 

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ニューヨークでの20年近い美容師としての貴重な経験。
ジョン・サハグ、山根 英治両氏のサロンワークを間近で見て感じとってきたもの、
世界一厳しいNYのお客様達に育てられた仕事。
東京へ拠点を移した今の広瀬 雅の仕事を、原点と語るボブスタイルから伝えます。

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Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-10-22 21:11 | 廣瀬 雅の仕事 | Comments(0)

vol.1 「井口淳介の仕事」

2009年9月17 日(木) vol.1 「井口淳介の仕事」


[HIROO WORKS]では、今後毎月1名ずつ、サロン内 LIVE Stageを行います。
先陣を切るのは、[HIROO WORKS]では唯一の20代スタイリスト・井口淳介。
オープンから半年後、大阪からひとり上京し、お客様ゼロ、アシスタントからスタートした井口が、
スタイリストとして、またNewYork DryCut講習の講師として活動している中から感じている
仕事への思い、NewYork DryCutの可能性、今の仕事そのものと、仕事観を伝えます。

Photo:上松 尚之
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# by hirooworks | 2009-09-17 18:47 | 井口淳介の仕事 | Comments(0)